岩手県立美術館

vol.34 帰る日を待つ

館長 原田 光
2013.04

柳原義達《岩頭の女》

《岩頭の女》という。ブロンズでできていて、高さは2.4メートル。30トンをこえる自然石を台座にして、丈高く立っていた。それだからだろう、《岩頭の女》なのだった。

 陸前高田市の博物館前に置かれていて、大津波にのみこまれた。巨岩の台座さえ、20メートルも流れてひっくり返った。彫刻はもげて台座を離れ、失せてしまった。1ヶ月半もたってから、自衛隊がガレキの中にこれを見つけた。川をまたいだ向こう側まで運ばれていってしまっていたということである。両足首から下がない。片手もない。

 昨年晩秋、山形の修復工房・明舎というところへ搬送した。真水につけ、何回も水をかえて、塩分や砂を取りのぞいた。錆をとった。劣化したところは手当した。修理保存だが、なくなった部分を補うようなことはやらない。現状をあるがままに残す。そうして、しかし、仮の台座の上に、ふたたび立ちあがらせてくれたのだった。

美術館では、「救出された絵画たち 陸前高田市立博物館コレクション展」(2月2日−4月14日)を開いていたが、間にあって最後の10日ばかり、これは展示室の一隅に立った。さり気なくて美しかった。静かな面立ちをして遠くへ目をやっていた。それなのに、しかし、見ていると目頭が熱くなってくる。この彫刻にとっての3.11を知っているからか。満身創痍で、さらけだすものはみなさらけだしたような格好になってしまったのに、どうして頭部だけ無傷で残って、なんでもなかったような顔をしているのか。よく耐えて生きていてくれたと思ったら、彫刻でなくて、その人本人と向きあっている気がした。
これは彫刻家の柳原義達の作品である。柳原さんはもういないが、かりに今のこの彫刻の姿を見たとしたら、どう思われたか。衝撃をうけて、深く悲しまれたにちがいない。しかし、同じくらいに深く、感動したのではなかったろうか。欠けても、変形しても、あり場所を失っても、そのままで、さり気なくここにあり、そのために、いっそう何か存在感を引きたてることもある彫刻というものの不思議さ、強さとしなやかさと、それだからこその、優しさといったものに。また、うなずかれたのではなかったろうか。作者の手を離れて、彫刻は育ってゆくと。
いつの日か、これは陸前高田に帰ってゆく。早くそうなってほしい。3.11を体験し、救いだされ、これから先をあらたに生きる、そういうことをみな刻み、今ある身体のまま、陸前高田の街中に立つ、そうであってくれたら嬉しいがと僕は思うのである。彫刻は育つなどと書いたけれども、ただ育つわけはない。町の人々のこれを見る思いの深さの分だけ育つ。早く帰ってゆかねばならない。待っている人たちがいるから。

岩手県立美術館

所在地
〒020-0866
岩手県盛岡市本宮字松幅12-3
電話
019-658-1711
開館時間
9:30〜18:00(入館は17:30まで)
休館日
月曜日(ただし月曜日が祝日、振替休日の場合は開館し、直後の平日に休館)
年末年始(12月29日から1月3日まで)