岩手県立美術館

vol.58 靉光の絵を収蔵した

館長 原田 光 
2015.4 

ここしばらく、松本竣介記念室の一隅に、麻生三郎と靉光の絵が一枚ずつ掛けてある。暗くて重い。戦中に描かれた絵で、絵を描くにも横やりのはいった時代を、3人は耐えてしのいで励ましあいながら描いてきた。そのことを大切に思い、たがいを見較べられるようにして並べてある。
 靉光の《花・変様》は、昨年、岩手が購入した。シュルレアリスム時代とか、中国の宋元の絵に影響を受けた時代とかといわれた40年代の初期に、これは描かれた。名作だと思う。花の静物である。前の植物はあじさいだろうか。奥のは、名も知れない。よく見ると、茎の節が目になっている。その茎が妙にくねくね曲がったあたり、葉がかたまって蜂になりかけているようにも見える。変容する静物。靉光にかかると、花はこうなる。暗がりの中に生きている。変な光が射していて、あじさいを青く浮かびたてている。
 これほどの絵だが、一度も展覧会に出たことがない。戦病死した靉光に、そんなに多くの油絵はない。手をつくして調査して、ちょっとずつの発見を大切にし、これまで何度も靉光展は開かれてきた。岩手の美術館でも、開館の年に開かれた。なのに、ひょっこりとこれが出てきた。というだけでも、びっくりのようなことだ。めったにないことだ。広島の田舎の靉光の故郷の人がもっていた。偶然の嬉しい出会いがあって、岩手にはいった。いや、竣介が呼んだのか。
 靉光自身がどこかへ出品したことはあるだろうか。調べても、わからない。絵には、サインがない。題名も不明。同郷の所蔵者と靉光のあいだには、交通はあったが、どんな交通だったか、やはりわからない。わからないことだらけ。しかし、見誤りだとか、偽物入手だとか、そんなことがあってはならない。長いこと靉光を調査し、どの絵のこともよく知っている人たちに意見を聞いた。絵の身元チェックである。まぎれもない。そうしてから、館の収集委員会で検討をしてもらったうえで、購入と決めた。だものだから、《花・変様》という題名は、美術館がつけた仮の名で、本名が知れた時には、引っこめる。
 ほんのひっそりと記念室のかたわらに並んでいる。竣介のものでない絵が、どうしてここにあるのかと疑問に思う人も多いのではなかろうか。そうか、そういうわけかと、並んだ理由を納得するには、靉光と麻生と竣介が生きた時代への思いがいる。時代を背景にして眺めたら、絵の中身はきっと深い見え方をする。靉光の絵が加わって、竣介の絵の見えなかったところも見えてくる。となってくれたら、すばらしい。

靉光 《花・変様》

岩手県立美術館

所在地
〒020-0866
岩手県盛岡市本宮字松幅12-3
電話
019-658-1711
開館時間
9:30〜18:00(入館は17:30まで)
休館日
月曜日(ただし月曜日が祝日、振替休日の場合は開館し、直後の平日に休館)
年末年始(12月29日から1月3日まで)