岩手県立美術館

vol.46 まだ春の夢だが、

館長 原田 光 
2014.04 

美術館への通勤道に、杜の大橋を歩いて渡る。春先のいま、雫石川の両岸に生えた柳やクルミやハンの木たちがいっせいに芽吹きはじめている。夏になると、橋にかぶさってきて葉をゆらめかす。清々する。深呼吸して通る。街中なのに、なんだか森へ入ってゆく気がしてきて、天気のよいときは、橋の上から、川上の岩手山へこんにちはといって呼びかける。森と川の街の盛岡。こんなにいい街はない。いや、まだこれからである。森は深まってゆく。と思っていたら、昨年の暮れ、橋の端の樹木が帯状に伐採された。どうしたことだ。やがて工事の立て看板が立って、橋の拡幅がはじまるとわかった。工事を終えたら、また一帯を森に返してあげてほしい。川の流れの洗うがままの岸でいてほしい。
こんなことを書きだしたには、わけがある。3月に、美術館協議会というのがおこなわれた。意見が出た。公園の樹木を育ててあげて、森にして、美術館の建物がそっと森にひそんでいるようだったら、どんなにいいか。建物むきだしではとっつきにくい。入りづらい。森の中の道が美術館の玄関へつながってゆく。そんなようにさせられないか。他の委員さんが賛成された。いい意見です、聞いていたら涙がでました、といって。僕も目をつむって、森の中の、木もれ陽の日だとか雪の日だとかを浮かべてみた。
ここらあたりには、先人記念館、子ども科学館、遺跡の学び館などがある。みんな森の中にあり、歩いてもよく自転車でもよく、途中に丘があるから、そこは山道で、ふと道をそれれば、大川の岸辺にも出てしまう。立派な橋も森の中である。どんなにステキか。街の中の森、森の中の街。
10年前まで田圃だったというのに、どういうわけだか、ここの造成地では、しかし、木々が育たない。若木を植えても枯れてしまったりする。森になどなれそうもない。いや、人の短気で木の成長を催促してはいけなかろう。あせってはだめだ。木々たちの時間でもって、ゆっくりと森の育って広がってゆくのを、50年100年と待っていなければ。
人口減少が進んでゆく。入れ替わりに、自然の増殖が進んでゆく。悪くない。人も自然の産物だとだんだんとまた気づくのが、生きる楽しみになるのではないか。愛したり信じたり敬ったりする感情は、自然人の中に育つ森のようなものかもしれない。こういう自然感情には、いつも美感がともなっていると思える。秩序感と一体のようにして。森は秩序の美だと知り、そんな森を自分の中に育てたい。いまはまだ、通勤しながらみる春の夢だが。

岩手県立美術館

所在地
〒020-0866
岩手県盛岡市本宮字松幅12-3
電話
019-658-1711
開館時間
9:30〜18:00(入館は17:30まで)
休館日
月曜日(ただし月曜日が祝日、振替休日の場合は開館し、直後の平日に休館)
年末年始(12月29日から1月3日まで)