岩手県立美術館

vol.31 美術館という不思議な空間

総務課長 竹高 昭
2013.1

福井良之助《みちのくの冬》1946年

其の一 福井良之助「みちのくの冬」(1946年)

昭和21年、終戦の翌年に描かれたものです。この絵に初めて出会ったのは当館の常設展示室。色彩は明るいものではなくむしろ地味な印象を受けましたが、静かな、心に残る作品です。

終戦から間もない社会の混乱の中、20代初めの作者はみちのくの冬景色に何を感じたのでしょうか。

齋藤忠誠《綾襴》1982年

灰色の空の下に広がるなだらかな山々と葉を落とした灌木、遠くに見える杉木立。見慣れた雪景色です。色数が少ないように思えるこの作品は、見る人の心の中でのみ感じることができる豊かな色彩を秘めているのかもしれません。この絵の制作から4年後に生まれた私には、安らぎとともに新しい時代へのかすかな希望のようなものも見え、作者の心象がおぼろげに伝わってくるような気がします。

其の二 齋藤忠誠「綾襴」(1982年)
私が生まれ育ったのは県北の沼宮内です。
昭和30年代の中頃、小学生の私は学校への行き帰り、毎日「忠誠さん」の家の前を通っていました。忠誠さんとは画家の齋藤忠誠さんのことです。いつもベレー帽をかぶっている小柄で温和な感じの方で、私たち子供の間でも「忠誠さん」の名は知られていました。覚束ない記憶ですが、いつもパイプをくわえていたような気がします。当時は、町内の美術団体「エコール・ド・エヌ」が何であるかも知らず、忠誠さんは「絵を描く人」程度の知識しか持ち合わせていませんでした。
昭和40年代の中頃、公民館で開催される「レコードコンサート」のため、音楽好きの叔父が所有する大きなスピーカーを2本、リヤカーに積んで会場に運び込む手伝いをした時のこと。その場に居合わせた忠誠さんからねぎらいの声をかけていただきました。私が高校を出て間もない頃の思い出です。
その忠誠さんの作品「綾襴」が現在、当館に展示されています。
絵を描くことが苦手であった私が美術館で総務部門の仕事に携わり、こうして「綾襴」の前に立つことができるのも、一人の画家との40数年前の一瞬の出会いが縁となり、か細くも途切れることなく続いていたのかとも思っています。
其の三 「雨後」制作の思い出(福井爽人)
2年前の秋。箱根芦ノ湖の畔にある成川美術館を訪れ、福井爽人という画家の作品に初めて触れることができました。その際、展示室のガラスケースに入れられた画家直筆の原稿に目が留まりました。昭和50年代の初めの頃、小学一年の一人息子をつれて遊園地に写生に行った時のことを綴った"「雨後」制作の思い出"という短文です。
北海道で育った作者にとって、はなやかな遊園地は絵本等で想像するだけの存在で、知らないうちに通りすぎたものとなってしまったことが前段に書かれています。そして、後段の内容はおよそ次のようなものです。
「おなかがすき、疲れましたので食堂にまいりました。子供は風車のついたお子様ランチが食べたいと言いました。なぜか私は、ラーメンなら食べさせよう、その他はだめだ、と言ってしまいました。『僕は本当はラーメンが一番好きなの』と子供が言い、私はラーメンを二つたのみました。食堂もすいておりました。子供が食べおわる間、私は又、食堂のガラス越しにスケッチをしました。ウェイトレスが、子供に話しかけておりました。」
「私は子供の手をひき、遊園地をあとにしました。のりものにひとつものせてやらなかったこと、風車のついたお子様ランチを食べさせなかったこと、をすくなからず後悔しながら。遊園地とは子供にも大人にもむなしく淋しい思い出なのです。もし遊園地に詩(うた)があるとしたら静かで淋しい詩でしょう。」と続き、「私の場合、絵とは形と色で詩を描くことだと考えます。私の絵はまた未熟だと感じます。むだをとりもっと深く真心にせまる仕事をといつも願っております・・・・・。」と結ばれています。
仕事のじゃまをしないように母親から言い聞かされて、写生するそばにおとなしくついている子供。「僕は本当はラーメンが一番好きなの」ということばと、作者の後悔の念が、いつまでも心に残る文章です。その「雨後」には、どこか淋しい、やさしげな眼をした青い馬が二頭、そしてはるか遠くに観覧車の姿が描かれています。
終わりに 美術館という不思議な空間
心を惹かれた作品を仮に自分のものにできたとして、それを自宅に飾ってみても、美術館の展示室で見たときの印象とは少し違って見えるかもしれません。
どこの館であれ美術館という場所は、やはり特別な空間です。そして、その空間に足を踏み入れることでのみ体験できる、安らぎや感動があると思います。皆様のおいでをお待ちしております。

岩手県立美術館

所在地
〒020-0866
岩手県盛岡市本宮字松幅12-3
電話
019-658-1711
開館時間
9:30〜18:00(入館は17:30まで)
休館日
月曜日(ただし月曜日が祝日、振替休日の場合は開館し、直後の平日に休館)
年末年始(12月29日から1月3日まで)