岩手県立美術館

Vol.88 萬鐵五郎作品、ドイツへ行く 

学芸普及課長 吉田尊子
2019.2

 萬鐵五郎が20世紀初頭のヨーロッパのモダニズムに憧れ、それらのエッセンスを血肉化すべく果敢に挑戦したことは皆さんもご存じのとおりで、萬が近年、海外の研究者から注目を集めている所以でもあります。そのことを示すように、このたび、ドイツのノルトライン・ヴェストファーレン州の州都デュッセルドルフにある公立美術館(20世紀美術を扱うので通称「K20」)から、「museum global. Microhistories of an Ex-centric Modernism」という展覧会に萬の作品を展示したいとのリクエストがあり、当館から10点を出品しています。

 同展は、欧州以外の地域におけるモダニズムの受容について、同館の研究者らが数年にわたって取り組んだプロジェクトの成果として開催され、同館所蔵の近代美術の名品と、アジアや南米などから集められた作品が並んでいます。

 その第1章は「1910年の東京」をテーマに萬作品を中心に構成されています。当館からは《雲のある自画像》や《ボアの女》ほか資料を含む全10点、萬鉄五郎記念美術館から3点、そして東京国立近代美術館から重要文化財の《裸体美人》、東京藝術大学大学美術館から卒業制作の《自画像》が出品されています。萬以外では唯一、兵庫県立近代美術館から岸田劉生の自画像が出品されています。こんなに多くの萬作品が出品された海外展は初めてです。

 展示室では、萬の《裸体美人》/キルヒナーの《裸婦》、萬の《構図》/カンディンスキーの《コンポジション》、萬の自画像/シャガールやモディリアニらの自画像、といったように、萬作品とK20が所有するモダニズムの作品が対比できるように展示されています。萬ファン、日本近代美術ファンにとってはまさに夢の共演。思えば、萬は渡欧することもなく、わずかな情報を手掛かりに、ここまで「本家」に肉薄してみせ、さらに超えていくような作家でした。展示が如実にそのことを物語っていて、萬はやっぱりすごいな…と誇らしく思った次第です。

 

 さて、海外に作品を貸し出すときに、作品の輸送に同行し、先方の美術館での開梱・チェック・展示作業に立ち会う人を「クーリエ」と言います。今回は小職がその役目を仰せつかり、10月31日から11月3日の日程で他の貸出館のクーリエの方々とデュッセルドルフに行ってきました。優雅な仕事のように思われるかもしれませんが、さにあらず。長時間の移動に耐えうるタフな体力と、何が起こるかわからない外国での現場において冷静な判断力が求められる、かなりハードな仕事です。

 クーリエは日本からの現地到着まで、長時間にわたる飛行機やトラックによる輸送のすべての行程に立会います。日本の空港では作品が梱包された木箱(クレート)を輸送用のパレットに荷付けする作業を見届けてから、自分たちも同じ飛行機に搭乗します。今回は成田空港から約11時間のフライトを経てフランクフルト空港に到着後、空港での荷物積み替えの立会いに3時間、また中継地のケルンまで陸路輸送立ち会いに3時間ほどを要しました。翌朝、目的地のデュッセルドルフに向けてケルンを出発、1時間ほどでデュッセルドルフの州立美術館(K20)に到着、無事に展示室まで搬入しました。

 しかしすぐに展示作業に取り掛かれるわけではありません。搬入後24時間のシーズニング(その環境にしばらく置いて慣らすこと)が必要です。やっと美術館に着いた、と思ったら、その日はそこでミッション終了です。

 夕食は各館クーリエの皆さんとご一緒に伝統的なドイツ料理のレストランへ。本場のビールとソーセージ、ワイルドにナイフが付きたてられた豚の骨付きスネ肉のロースト「シュバイネハクセ」など、定番の料理を楽しみつつ、各館の皆さんと無事にここまで来たことを喜び、労いあいました。

 

 翌日から展示作業が始まりました。長旅を終えた作品が丁寧に開梱され、所定の場所に運ばれます。クーリエは館の修復家とともに作品点検を行い、状態に変化のないことを確認します。次に、作業チームや担当学芸員と展示の方法を確認し、作業を見届けます。

 海外の美術館では、業務は分業体制が一般的です。調査研究や作品管理に関するスタッフとして、各分野のキュレータ―(学芸員)、レジストラー(登録係)、コンサヴァター(修復家)がいます。展示に関するスタッフとしては、展示作業チームのほかに、造作チームや照明チームがあるようです。なので、K20の美術館スタッフは総勢50人を数えると聞きました。担当学芸員が多くの業務を担う日本の美術館の様子とは大きく異なります。一方で日本では造作や展示作業はアウトソーシングが一般的です。

 岩手分は点数が多く、展示作業は翌日に持ち越しました。K20のスタッフと顔を合わせるのも3日目で、和やかなムードで作業は進められました。とはいえ、それまで経験豊富な他館のクーリエの方とご一緒で心強かったのですが、この日は自分一人で対応するのですから、責任感で身の引き締まる思いがしました。展示作業が終わったのがお昼過ぎ。終始丁寧に対応してくださったK20のスタッフに感謝して、館を後にしました。

 デュッセルドルフにはK20のほかにK21という21世紀の現代美術の美術館もありますが、小職はこの土地の歴史を知るべく地元の博物館へ足を運びました。受付にはぶっきらぼうなお爺さんが一人。看視員はほとんどいません。館内には小さな展示室がたくさんあり、どこの博物館もそうであるように、紀元前に作られた土器からはじまって、20世紀までの社会の変遷を知る資料が陳列されています。しかし、夕方で自分一人しかいないような静かな館内で、17世紀頃の領主たちの肖像画が所狭しと並ぶ展示室では、どの人物もこちらを見ているかのよう・・・足早に展示室を回り、博物館を後にしました。夕暮れのライン川沿いの景色を見ながら、当地の歴史に思いを馳せるのでした。

 帰りの飛行機では、無事に責務を果たしたと思ったら緊張感が解け、あっという間に眠りに落ちたようです。気が付くともう日本列島上空に差し掛からんとする頃でした。盛岡まで帰ってきて、盛岡とそう変わらないデュッセルドルフの冷たい空気を少し懐かしく思い出しました。

 さて、このK20の展覧会は11月8日開幕しました。展示室の写真も送られてきました。日本の萬だけでなく、他の欧州以外の地域に芽吹いたモダニズムの作品が本場ドイツの人々にはどのように映るのか、興味深いところです。本展は3月10日に閉幕しますが、終了時にも作品を引き取りに行くというクーリエ業務があります。盛岡まで萬の作品が無事に帰ってくるまでは気が抜けませんが、それまで萬さん(の作品)にはアウェイのドイツ滞在を楽しんでほしいと思います。

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岩手県立美術館

所在地
〒020-0866
岩手県盛岡市本宮字松幅12-3
電話
019-658-1711
開館時間
9:30〜18:00(入館は17:30まで)
休館日
月曜日(ただし月曜日が祝日、振替休日の場合は開館し、直後の平日に休館)
年末年始(2019年12月30日から2020年1月1日まで)