岩手県立美術館

vol.72 自分の気持ちに素直になって…

専門学芸調査員 有馬辰樹
2016.6 

 ちょっと、前の話。
 昨年の秋、盛岡市内某所で有名ロボットアニメのメカニックデザイナーの展覧会が開催された。行く予定は無かったのだが、先に観覧した同僚から良い評判を聞いて少しだけ気になり始めたある日のこと、何も予定が無かったので思い立って“ふらっと”会場まで出かけた。受付前まで行きながら「どうしようか」と迷いつつも、思い切って入場。展示室に入った直後、私は強く後悔した。「なぜ、もっと早く観に来なかったのだ!」と。
 その会場には、私が幼い頃に夢中になっていたキャラクター達であふれていた。動物をモデルにした愛らしいロボットや近未来的フォルムの不思議なマシーン。そして男子の理想や憧れを追求したハイメカニックなデザインの戦闘ロボット達。それら・・・いや“彼ら”はただただ格好良かった。すっかり魅せられてしまった。というより、はっきりと思い出したといった方が正しい。かつて私は“彼ら”が大好きだった。
 当時(小学4〜6年生頃)の私は、アニメのストーリーよりもそのキャラクターに夢中になった。キャラクターの絵を一所懸命に真似て描いたり、必死になってプラモデルを作ったり、勝手にオリジナルキャラクターをデザインしては友人たちに自慢して見せたりもした。少ない小遣いをやりくりしながら、目当ての模型キットや、キャラクター図鑑なども買い集めた記憶も蘇る。思い返せば、“彼ら”が切っ掛けで、絵を描くのが好きになり、ものを作ることに夢中になり、のちに美術の道へと進む自分の原点と言っても過言ではないかもしれない。(いや、ちょっと言い過ぎかな)
 しかし、時の流れとともに興味の矛先を様々な方向に変換しながら、当時好きだったものは記憶の片隅に追いやられて行った。(単に「年とって忘れた」だけ)それが、こうして目の前に“彼ら”が現れ(自分で見に行ったけどね)、わずかに残っていた小さな感情が一気に膨張して、大人ぶって格好つけた自意識をすっかりぶち壊してくれた。今なら正直に言える、「今でも好きだ!」と。・・・とにかく、そう言いたくなるほど、興奮したのは間違い無い。

 興奮が少し落ち着いてくると、漸くじっくりと作品を楽しむことができた。
「よく覚えているぞ、この機体!」、
「こっちはよく真似して描いたぁ。」、
「あのモデルは、模型で作って大事にしていたヤツだ!」

(まだ、興奮している)

「・・・(あっ!)・・・」

 こうして展示室に並ぶイラスト原画を間近に見ることで、当時は単純に“カッコいい!”と思っていた“彼ら”も、実は単純ではないその魅力の奥深さにあらためて気づくことができた。そして、今更ではあるが“彼ら”を40年以上もわたって生み出し続けたメカニックデザイナーの存在について知ることができたのも大きかった。“彼ら”の物語を理解し、その世界観に準じたメカニックを描く知性と画力、そして宇宙を舞台にした物語をたった一枚のイラストで魅せる構成力と表現力に感嘆した。しかも、そのデザイナーは今でも現役というから更に凄い。
 それにしても、最初から自分の気持ちに素直になって観に来ればよかったと思う。チラシをよく見るとデザイナー本人のサイン会もあったというではないか。残念ながらすでに終わっていた。イベント情報もしっかり見ておくべきだったが、展覧会を観られただけでも良しとした。見逃して後悔せずに済んだ。
 この日は、懐かしさと、新しい発見と、そして自分の原点を思い出すことができ、本当に充実した時間を過ごすことができた。こんなに清々しい気持ちになるとは思わなかった。本当に観てよかった。勧めてくれた同僚にも感謝だ。
 さて、最近の話。(ここからが本題。)
 懐かしくて、新しい発見ができる展覧会といえば、打って付けのものがある。
 現在、岩手県立美術館では企画展「映画誕生120年記念 野口久光シネマ・グラフィックス展」を開催している。戦前戦後の映画全盛の時代に映画ポスターデザインの第一人者として活躍した野口久光氏の仕事を、公開当時のポスターや資料のほか、貴重な映像資料も含めて400点以上の展示で紹介している。野口氏はほぼ全ての仕事が手描き。タイトルやコピーまでもちろん手描きだ。
 また、屈指のジャズ評論家としても知られる野口氏にちなんだ、ジャズ関連の展示も見どころの一つ。ジャズに詳しくなくても、レコードジャケットのデザインを見ているだけでも楽しい。
 ずらりと並んだ映画のポスターは華やかで、リアルタイムで映画を見た世代の方々は映画の内容とともに、当時の思い出も蘇るのだろう。公開当時の映画を知らない世代にも、映画よりもジャズファンだという方にも、純粋にデザイン性の高さを充分に楽しんでいただける展示内容である。
 また、当館では野口展をもっと楽しんでいただくためのイベントも企画している。映画作家の大林宣彦氏を迎えてのトークイベント(7月2日に実施)や、7月22日のナイトミュージアムでは1日限りの特別バンド「野口久和meets岩手ジャズオールスターズ」によるJAZZライブ&トークも開催し、ゲストで日本一有名なジャズ喫茶ベイシーの店主、菅原正二氏も登場する予定だ。アート・シネマでは野口展に関連した映画作品を多数上映する。映画好きは見逃せないラインナップだ。とにかく盛り沢山なのである。
 根っからの映画ファンにも、かつて映画ファンだった方にも、まだ見ていない方も、一回見たけどもう一回見たい方も、ぜひ当館まで何度でも足を運んでいただきたい。会場でしか味わえない感動をこの機会に体験してほしい。
 あとで、「観れば良かった・・・」と後悔しないように。

野口展展示会場の様子

岩手県立美術館

所在地
〒020-0866
岩手県盛岡市本宮字松幅12-3
電話
019-658-1711
開館時間
9:30〜18:00(入館は17:30まで)
休館日
月曜日(ただし月曜日が祝日、振替休日の場合は開館し、直後の平日に休館)
年末年始(12月29日から1月3日まで)