岩手県立美術館

vol.12 今に、思いをこめて

 館長 原田 光
2011.5

松本竣介 《水を飲む子ども》 1943年

 いつものとおり春はきて、就学のときになった。けれども、被災地では、行く学校を失い、それどころか、家族や友達を失った子どもたちもいて、その子らが、遠く近くの避難先から、仮の学校に登校してゆかねばならない。それでも、みんなに会えたといって、なけなしの笑いを投げかけあったりしている。その顔たちをテレビが映している。くったくない笑顔が、なおのこと、大人にはこたえる。泣き笑いさせられる。しかし、これなんだよな、と思う、大切なものは。つらくてもしんどくても、ここらから、また、再生がはじまる。

このひと月、美術館では、一つのプロジェクトについて思案している。被災地へ画材を運び、子供たちに、いや子供たちだけとは限らないが、絵を描いてもらおう、ものを作ってもらおう。持ち帰って、大展示室いっぱいに、これらの作品を並べよう。学校の先生やボランティアの人たちにも加わってもらって、行動範囲を拡げよう。
待て。今、こんなことをしたら、被災した人たちの気持ちを逆なですることにならないか、そう心配する仲間もいる。それは本当にそうかもしれない。美術を救援物資の一つとくらいに考えて、被災地にとどけようなどと思ったら、独善の押しつけになりかねない。そうなってはいけない。しかし、美術の力で、元気づく子どもたちは多いのではないか。美術というのは、みんなが生まれながらにもっている創造的な力ではないか。今のようなときだから、これを使おう。創造力を行使しだしたら、生きていることが楽しくなる。生きがいになる。いくつもの生きがいが合わさったら、やがて、再生につながる。そう思おう。独善を避けて、美術を伝える。よいようにできないか、思案している。
美術館は、この一年間の企画展のための予算をすべて復興費用へまわすことになった。どうしても開きたい展覧会はあるから、残念でならない。万感こめて、仕方ない。だが、予算がないから、展覧会は開けないなどといったら、美術館のある意味がない。資金の有無にかかわらず、今は、やらねばならないことがある。繰り返しだけれども、みんなの中にしまってある普遍の能力を開いてもらう方法を、すぐさま開発することである。岩手・東北の創造力を目に見えるものにしてゆくことである。今年限りのことでない。ここをもとに、この美術館も再生の将来を探しだすということにならないといけない。

岩手県立美術館

所在地
〒020-0866
岩手県盛岡市本宮字松幅12-3
電話
019-658-1711
開館時間
9:30〜18:00(入館は17:30まで)
休館日
月曜日(ただし月曜日が祝日、振替休日の場合は開館し、直後の平日に休館)
年末年始(12月29日から1月3日まで)