岩手県立美術館

vol.21 春を待つ

 専門学芸員 盛本直美
2012.3

松本竣介《春のスケッチ》1929年

「いやー、今年は寒いねぇー」。こんなこと、毎日、岩手県の人から言われたら参ってしまう。この土地で生まれた人でも寒いと思うくらいなんだから、大阪生まれ大阪育ちの私なんかもうお手上げじゃないか。そう思っていた私に、ある人が優しく諭してくれた。「極寒があればこそ、その清い水や空気が、賢治の風景を、萬の景色を、竣介の絵をつくってきたのだよ」、と。

昨年の10月に担当した「いわて 美術の歴史」展では、岩手県ゆかりの作家の作品を中心として構成された当館コレクションに、盛岡市と萬鉄五郎記念美術館、石神の丘美術館の所蔵作品を加えた104点の作品を展示し、「いわて美術」の歴史をひも解いた。作家の表現が、それぞれに自律した独自の世界であることはもちろんだが、一方で、この展覧会に準備過程から関わることで、彼らの表現に通底する共通のエッセンスといおうか、その下を脈々と流れる「岩手」という土地の風土をも発見できたように思っていた私にとって、その人の言葉は、胸にすっと入ってくるものだった。
岩手に来てはや5年目の春を迎えようとしている。
 改めてここで言うまでもなく、去年はいろいろなことのあった1年だった。しかし振り返ると、なんと多くの人々との出会いがあったことか。いつも通りの1年であったら、美術館の外に出ていかなかったら、知り合うことのなかった人々-岩手で制作する作家さん、ワークショップで訪ねた沿岸のみなさん、そして近隣の美術館や全国の美術館の方々、被災した美術作品を救出するために岩手に来た修復家さんたち・・・。今後の自分にとってかけがえのない大切なものを得ることができた気がする。
また、去年はほんとうに多くの人と話をした。そして考えた。走りながらではあるが。美術館ってなんだろう、学芸員を職業とする私にできることってなんだろう。「岩手」という土地について、そこに暮らすことについて、その中で自分は何をすべきかということについて改めて考え、そして行動するきっかけをくれたのも去年だった。
3.11から1年が過ぎようとしている今、「復興支援展示」を1年のみの「特別な措置」とし、この震災を過去の悲劇的な出来事として終わらせるのではなく、地域に寄り添い、人々が美術館を、美術を通して、郷土を再発見し、人間の根源的な創造の力に出会い、驚き、喜びを感じられるような活動を、5年、10年とこの岩手の地で行っていきたいという思いを新たにしている。
岩手の冬の厳しさ、キリっと澄んだ空気の向こうの風景の美しさ。そして厳冬があるからこその春への憧れ、その輝き。
厳しかった分、しんどかった分、きっと今年の春はいつもよりずっと美しいはず。

岩手県立美術館

所在地
〒020-0866
岩手県盛岡市本宮字松幅12-3
電話
019-658-1711
開館時間
9:30〜18:00(入館は17:30まで)
休館日
月曜日(ただし月曜日が祝日、振替休日の場合は開館し、直後の平日に休館)
年末年始(12月29日から1月3日まで)